人の生き方を誠実に見る目がある文学が大事なんじゃないかな

現代の中国の作家達がどういうことを考えているのか、彼らの中で力がある作家を日本で紹介したいということが僕の研究です。
力があるとはどういうことなのか、何を根拠にしておもしろいというのかという基準を考えることに研究の方向があるんじゃないかな。
例えば、最近で言えば『三国志』を原作にした映画『レッドクリフ』を、「すばらしい。あれこそ文学だ」という人がいるかもしれない。
そこでは、ただ映画が売れていればそれでいいのかと言えばそうではなくて、何故そう思うのかという根拠が問題になってくるよね。
僕は、今の中国の状況をきちんと捉えていて、人の生き方を誠実に見る目がある文学が大事なんじゃないかなと思う。
たとえ中国という舞台や状況の中で語られていても、読者は日本にいるかもしれないし、アメリカにいるかもしれない。
どこにいても、読者が自らの生き方として捉えられる文学こそ、力のある文学ではないかと思うんだ。
今度「三田文学」に「遠河遠山」という中国山東省の作家の小説の翻訳を載せるんだけれど、僕は自分の目で見て大事だなって思う作品を紹介してるんです。
もうひとつは、1930年代を非常に興味を持っています。
1930年代とは、つまりファシズムの時代なんですよね。
でも、それに対抗するような形で、人間の自由な創作があった時代でもあり、そういうバランスを見るのが非常におもしろい。
具体的にいうと、僕が一番初めに惹かれた、南京を描いた作品を第一義的にずっと追いかけてきたんだ。
南京事件は1937年に起こったんだけど、この前後は中国には色々なことがあって…魯迅が死んだのも1936年と近いよね。
南京事件には、民族的な立場からも軍事的な立場からも、そして政治的な立場からも様々なアプローチがあるのは、みんな知っていると思う。
その中で僕は南京という都市を文化的に考える立場から、南京事件の中で文学者がどう動いて、何を捉えてきたかということに注目してるんだ。
テニス仲間はいっぱいいますよ

僕は一生懸命やることはあまり得意ではなくて、適当に息抜きがないとやっていけなくて。
最近は、夜にテニススクールに通ったり、日吉には教職員のテニスのチームがあるから、そこで色々な先生とテニスをやったりもしているよ。
今は人が足りないのだけれど、昔は地域対抗戦があって、三田対日吉で試合をやっていたこともあるんです。早稲田と対抗戦をすることもあるし。
僕はヘタクソだからそこまでできないけれど、そういう風に体を動かすのは好きだから、テニス仲間はいっぱいいますよ。
――テニスはいつからやられていらっしゃるのですか
最初、僕は柔道をやってたんだよ。
昔、埼玉県で10年間定時制の高校の先生をやっていたことがあって、その時柔道部の顧問をやっていて。
今でも定時制の卒業生と付き合いがあるのだけど、その中には看護婦さんや大工さん、市役所の人、刑務所に勤めている人もいて、色々おもしろい人がいましたよ。もちろん元暴走族って人もけっこういたし。
そういう人達と、スポーツを通して交流していくのは楽しかったんです。
でも、ちょっと怪我してしまったこともあったし、年を取ってくると柔道をやってるわけにもいかないので、何か楽しいスポーツはないかなと思ってテニスを始めたんだよね。
人間って体を動かしていろんな繋がりを持ちながらやるのが一番いいんじゃないかな。
研究室の中に閉じこもっているだけだと、わからないこともあって。
我々の思考がどれだけ普通の場に耐えられるのか、色んな場に繋がっているのかという思考があってはじめて、研究ができるのではないかと思いますね。
アジアの言語をもっともっとやるべき

今年の中文科は画期的に変化していて、ホームページも作ったの。
5月って1年生の初級クラスでは発音がちょうど終わる頃なんだけど、今まではCDで自分で勉強しなきゃいけなかったのを、今はネット上で配信しててCDより細かくやってくれる。
残念ながら今年はどこの学部でも中国語の履修者が少し減っているみたいでちょっと心配ですね。
隣の国の言葉だから、ぜひたくさんの人に中国語を勉強してもらいたいんです。
今は授業を取ってない人でも三田に来れば初級からの中国語クラスもあるし、全部の学部で必ずどこかで初級からできるところがあるから。
何よりも中国文化をもっと広げていかなければいけないと思ってる。
僕の授業では、アジアに心を開いていってもらいたいと思って中国の色んな話をしていますね。
まぁ勉強は、各自でやってもらうしかないと思っているんですけど(笑)
――もっとアジアに目を向けてほしいということでしょうか
別に中国語に限らず、みなさんアジアの言語をもっともっとやるべきだと思いますよ。
三田では例えばベトナム語やトルコ語の授業もあるし…中国語も広東語とか上海語など色んな言語が用意されてる。
みんなすごく柔軟な時なんだから、あとはやる気ひとつだと思うんだ。
どこかに行かなくちゃ勉強できないわけじゃなくて、やろうと思えば色々できるでしょ?
ラジオもあるし、それこそネット上で配信されてるものいっぱいあるわけだから。
その辺にチャレンジしていくと、見えてくるものも変わってくるんじゃないかな。
中文専攻もいろいろ変わってきていて、6月にちゃんと講師も招いた勉強の合宿をするんだ。
また、文学部の新しい取り組みとして、9月に上海に超短期型研修をやろうという話がある。
上海復旦大学とタイアップしてやるから、たぶんお金も格安でできるんじゃないかな。
あまり中国語ができなくても、中国の学生とも交流したり、向こうの先生の授業を受けられる。
中国語はまだ自信がないけど中国に興味がある、旅行に行きたいけれどちょっと怖いという人たちを、1週間僕らが責任を持って連れていきます。
あとは、去年から日吉では東京映画祭とタイアップしたり、色々な取り組みをやっているんだ。
僕もまさか、レッドクリフの曹操役の張豊毅(チャン・フォンイー)と一緒に話をするとは思わなかった。孫権の妹の役の趙薇(ヴィッキー・チャオ)と腕も組んだしね(笑)
ぜひみなさんアジアに、中国に目を向けてちょうだいって言いたいですね。
本当は、中国はそんな宣伝しなくてもおもしろいんだけどね。
授業は単なるステップ、手がかりに過ぎない
――学生に伝えたいと思うことがありましたらお願いしますもっと本を読んでもらいたい。昔と比べると読むペースが落ちてるかなって気がする。
この前もある授業で「この本読んだ?」って聞いたら、みんな「読んでない」って答えるんだよね。
僕らの時代の頃はそういう風にいうのは恥だったから、たとえ読んでいなくても読んだことがあるような顔をして…つまり、見栄をはってもらいたいんだ。
例えば“サルトル”って言われたら、「ふーん」ってわかったような顔をすることがまず大事じゃない? それで、あとで必死になって調べるんだよ!
何人かビックネームがあると思うのだけど、そういうのをきちんと読むというのが大事だと思うんだよね。
別に中国文学に限らなくて、どこの国の文学であっても、いい作品はきちんと繋がっていくから。
――学生の授業に対する姿勢がゆるんでいるということでしょうか
みんなはあまり知らないと思うけど授業の準備ってものすごく時間がかかって、ついでにやれるような授業なんてない。
大学の授業は定められているものがないから、そこから突破できるものが多い。
正直なことを言うと、僕の日吉の中国語の初級のクラスを1年履修したからといって、絶対に初級の力がつくと言い切れる自信はないよ。
僕らがやることは、学生や受講者が「おもしろいな」と思って自分から次にいくための手助けなんだ。
授業は単なるステップ、手がかりに過ぎなくて、ここから始まるんだと思ってもらいたいんだ。
授業で全部もらえるとは思わないで、自分がそこからどれだけ先に進めるのかを考えていくべきなんじゃないかな。
あと、中国だったら中国の守備範囲だけ、中国文学だったらもっと狭くと考えるのは、ある意味ではくだらないことだと思う。
そういう作られた枠組みは脆いものだから、どんどん超えていけるんだよ。
自分でここだって範囲を決め付けないで、いろんなものを見ていってほしいね。
大学4年間はあっという間に過ぎてしまうから、その間に色々な所に顔を出してみたり、人と話してみれば、もっと違うものが見えてくると思う。
――関根先生、ありがとうございました!
慶應義塾大学文学部中国文学専攻HP→http://web.keio.jp/~bun/china/
記事担当:藏町有香、神山智帆(取材日:2009年5月22日)












